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コントラバスの左手と腱鞘炎、筋トレとかのお話




先日生徒にこんな事を質問されました。
「こういう筋トレした方が良いって聞いたんですけど(左手を楽器にガシガシやりながら)、これってどうですか?」


僕はこう答えました。


!!


コントラバスを弾くために筋トレ的な事をやるのは基本的にはオススメ出来ません。
中高生は特にです。
何故なのかとその根拠、じゃあどうしたら良いのか、その他諸々色々絡めながら解説したいと思います。





まず、先日生徒が聞いてきた内容もそうだったのですが、筋トレが必要だと思われているのは主に左手だと思います。

左手がちゃんと押さえられない
じゃあ左手の筋肉を鍛えればいいじゃないか
という短絡的発想。


しかし、実はコントラバスを弾く際の左手の力は日常生活に支障がない程度の筋力があれば、何の問題もなく弾くことができます。

きちんと弦が押さえられないのは力がないのではなく、力の向きやフォームがおかしい事がほとんどです。



ひとつの例




以前こんな事がありました。


あるひとりの生徒がおりまして。
教えはじめてわりとスグに、その子がとある病気にかかってしまいまして、握力が7kgとかのひと桁まで落ちてしまい、もうコントラバスが弾けないかもしれない、と相談に来ました。

握力は13歳で男30kg、女24kg。16歳で男41kg、女26kgが平均です。
それが突然ひと桁まで落ちるってのは、ちょっとした物を持ちあげたりするのも苦労する状態ってことです。
実際その時には弦が押さえられなくなってしまっていました。


話をした結果出した結論は

「まあとりあえずやってみようぜ!」

って事で、そこからレッスンでは左手のフォームや今ある力の使い方などを重点的に見直していきました。

その結果その子はサクッとコツを掴み、ひと月くらい後には握力が落ちる前よりも上手く押さえられるようになっていました。
もちろんその時の握力はひと桁のままでした。


この子は例え日常生活に支障が出るくらい筋力がなくても、きちんとしたフォームと力の向きを理解してさえいればコントラバスは弾ける、と言う素晴らしい例を僕に示してくれました。



腕が壊れる




しかし、正しいフォームや力の向きを理解せずに弦を押さえてしまっている場合、コントラバスはでかいし弦は太いしで、かなりの力が必要になります。


間違ったフォームで無理やり弦を押さえて弾いていて、力が足りずにそれでも無理やり押さえつけ

「痛い!辛い!でも上手くなりたいんだ!うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

と必死に練習を続け、限界を超えるとどうなるか?


腕がぶっ壊れて腱鞘炎になります。


やっちまったことのある本人が言ってるので信憑性は抜群です。

そう、僕は高校生の頃に一度腱鞘炎をやらかしています。
なので教える時にはなるべくそのリスクを減らすように心掛けています。



腱鞘炎てなんだ




線が雑で申し訳ないのですが、上の写真をご覧ください。
我々の腕は写真の緑の線を引いた部分の中に『腱(けん)』と言う紐のような物が通っています。

この腱の写真右側、指先の方は指の骨に。
写真左側、腕側の方は腕の筋肉にそれぞれ繋がっています。

腕の側の筋肉で腱を引っ張ったり緩めたりする事によって、指は開いたり閉じたりします。
(掌側にもあるのですが、今は省略。)

試しに自分の指を順番にグー、パーと曲げたり伸ばしたりしてみて下さい。
ピンクの丸で囲った中の緑の線の部分がムニムニ動くのが見えると思います。
それがあなたの腕の腱です。

更にこのピンクの丸の部分には腱を包む『腱鞘(けんしょう)』があります。
『腱(けん)』の『鞘(さや)』です。

ストローの中に紐が通っているところを想像してみて下さい。
ストローが腱鞘。紐が腱です。

この腱鞘があることで、腱がスムーズに動作する事ができます。

この腱鞘と腱が当たる部分に炎症が起きてしまうのが腱鞘炎です。



どんな状態?




腱鞘炎になってしまうと、とにかく痛いです!
初期は突然痛くなったりすぐ治ったりですが、悪化すると動かすことすら厳しくなります。

コントラバスの場合、腱鞘炎になる可能性の高い場所は先ほどの写真で示した腱の部分と
この写真↑のピンクの丸の部分です。
この写真の丸の部分が痛い場合は、特にフォームや力加減がおかしい事が多いです。


僕がコントラバスを教える人達には

弾いている時に、先ほどの写真と上の写真のピンクの丸で囲んである部分が少しでも痛いなと思った場合、即座に楽器を弾く事をやめる。

と必ず約束をしてもらっています。
「疲れているかな?」くらいならば良いのですが、痛みを感じたらアウトです。熱を持って痛い時は既に腱鞘炎になっている事を疑って下さい。


2、3日様子を見ても痛い場合はためらわず病院に駆け込んで下さい。
基本的には治るまで楽器は一切弾けないと思ってください。


僕の場合は重症化する前ではありましたが、それでも1ヶ月のドクターストップでした。
その間ひたすら右手のボウイングの練習だけしてましたね…。

そしてもう一点。
腱鞘炎の怖いところは、重症化すると中々治らず、一度やってしまうと再発する事が多いらしいという事です。
最悪は手術まであり得ます。


なのでしつこく繰り返しますが、コレを見ている中高生の皆さんには特に強くお願いします。


楽器を弾いている最中に少しでも痛みを感じたら、即座に楽器を置いて十分な休憩(場合によっては数日)を取り、正しいフォームと力の方向を再確認してゆっくり弾き始めて下さい。




痛いのを例外的に我慢しなきゃいけないのは

●コントラバスを弾き始めて数週間くらいの指先の皮膚が擦れてヒリヒリするやつ。

●ハイポジションを弾き始めて数週間くらいの親指の皮膚と骨がもげそうになるやつ。

●調子に乗ってジャズとかポップス系のピチカートしまくって指先の皮膚がグシャグシャになるやつ。

の3つくらいです。
全て痛いのは筋肉ではなく皮膚ですね。
しかしこれらの3つも最初からいきなりガシガシやるのではなく、少しずつ毎日やっていくようにすればそんなに痛い事にはなりません。



腱鞘炎になる原因




それじゃあなんで腱鞘炎になっちゃうのか?
腱鞘炎になりがちな理由は


★ひたすら同じ動作を繰り返す事。


が原因の1つに挙げられるようです。
だからピアニストや漫画家とか、ひたすらパソコンを使い続ける人なんかもよくなってしまうみたいですね。

楽器の練習は、手を替え品を替えひたすら同じ動作を繰り返す事が多くあります。
この時点で我々ベーシストのリスクはかなり高めだと思っていいです。

もうひとつなりがちな理由が


★筋肉が硬い事。


筋肉が硬いと腱鞘炎になりやすいようです。
ではどうしたら硬い筋肉になってしまうのか?

例えば其の一
楽器を弾く時にぎゅうぎゅうに力を込めて力みっぱなしで弾いている。

例えば其の二
筋肉を使った後にきちんとケアをしない。

この辺りが二大勢力のようです。
そしてコントラバス弾きに特有の原因は


フォームがおかしい


とにかくでっかいコントラバス。
こいつを弾きこなすために、人類が数百年を掛けてトライアンドエラーを繰り返し研鑽を積み重ねて来た結果が、今ある”正しいフォーム”です。

その先人達の智慧の結晶である”正しいフォーム”を知らずに、もしくは無視してテキトーに弦を押さえて弾いている場合、そこに負荷が掛かり腕を痛めてしまう事があります。

例えばやたら手首の角度が曲がっている状態で演奏している人は、曲がっている部分とそこを曲げるために使っている腱と筋肉を痛めてしまいます。
更に重症化するとそこから連動して繋がっている背中やら首辺りもやられてしまいます。

左手の”正しいフォーム”は音程を良くするだけではなく、身体に負担をかけない為にも重要です。



今までのを全部足してみると



フォームと力加減がメチャクチャで、筋肉がヘロヘロになるまでぎゅうぎゅうと力まかせに何百回も繰り返して練習し、弾き終わった後にストレッチなどのケアも一切せず、休息もしっかり取らない人。


こんな人は腱鞘炎や他の諸々で身体を痛める危険しか感じません。
しかしこれが意外といてしまうのが吹奏楽部の恐ろしさです。



左手の筋トレ




ざっとですが腱鞘炎についての説明をしてみました。

腱鞘炎についてはなんとなしに理解してもらえたかと思いますが、ココでやっと最初の話に戻ります。


楽器の練習に加えて更に左手の筋トレをすると、腱鞘炎やその他、身体を痛めてしまうリスクが高まります。


時間がある時に人体解剖図でも検索して見て欲しいのですが、人間の手指の筋肉や腱、神経などはとても細やかに繊細に出来ています。

筋肉の強さはそのまま筋肉の太さや長さなどにつながりますが、指を動かすための筋肉はなんかはそもそもそんなに太かったり長かったりしません。
だから指ってのはそもそもそんなに強いもんではないのです。

ただでさえ酷使している左手に、更に必要以上の負荷をかける行為の結果は、推して知るべし、です。


そんなこと言ってもスポーツ選手とかが練習の他に筋トレをするじゃないかと言う人もいると思いますが、そう言う場合は、体幹に代表されるような、指よりもっと強い筋肉やその人に必要な筋肉に対して、きちんとしたトレーナーの指導のもとに行います。


適当に拾ってきた知識でなんとなくやる筋トレはとにかく危険です。
特に中高生はまだまだ身体が成長している最中です。指導者のいない状態での過度のトレーニングは1発レッドカード退場ばりの強烈な危険行為です。



唯一の例外は指導者にキッチリと筋トレのやり方や、やる分量などを全部教えてもらった場合です。


その場合はその先生のきちんとしたメソッドがあり、あなたの身体に合わせたトレーニング方法を指導して下さる事と思います。


もしあなたがプロのコントラバスの先生のレッスンについていて、先生が『こういうトレーニングをこのタイミングでこれくらいやりなさい』とおっしゃった場合は完璧にその通りにやって下さい。

それ以外の場合はやらないでください。


人はそれぞれ身体の大きさや筋肉の強さ、使い方などが違います。
その人に合ったトレーニングでないと身体を痛めてしまう可能性があります。


なので、適当な知識での左手の筋トレはしないで下さい!


そんなことする時間があるなら、その時間で正しいフォームを確認しながらゆっくりスケールを弾いたり、他のスポーツなんかで身体を動かしたり、ストレッチなどでケアをしたりする方がよっぽど有効です。



まとめ




長々と書いてきましたので、まとめますと。


左手のための筋トレは、きちんとした指導者の監視のもと以外では絶対にしないで下さい。

それはテキトーな知識で筋トレをすると、腱鞘炎を始めとして何かしら身体にダメージを与える可能性があるからです。

特に身体が成長期の真っ最中の中高生は万が一の場合、大人になっても引きずってしまう恐れがあります。絶対にやめてください。



最後に




ゲイリー・カーと言う超有名なコントラバス奏者の方がいらっしゃいます。

以前ゲイリー氏が公開レッスンの質問コーナーで、ある人からこんな質問を受けていました。

私は見ての通り身体も手も小さいです。大きな身体の人に負けないコントラバスを弾くために、筋トレとかをした方が良いのでしょうか?


それを受け、ゲイリー氏は

コントラバスを弾くために筋トレは必要ありません。ストレッチはやるべきですが、ストレッチもトレーニングになりますし、楽器を弾くための筋肉は楽器を弾くことによって鍛えられます。』

とまあこんな風なことをお答えになっておりました。

個人的にはこれが答えかな、と思っています。



付け加えるならば、
他のスポーツで全身を動かすとか、身体全体を鍛えたり体力をつける為に、走ったり体幹トレーニングなんかをする事はとても良いと思います
正しいトレーニング方法の下に行われるのであれば、この辺りはむしろ推奨。



元ベルリンフィルコンサートマスターのレオン・シュピーラーさんて方がいらっしゃるんですが、とあるセミナーでお世話になった時、ものすごいおじいちゃんなのにちょっとした隙間さえあればプールで泳ぎまくってました。

休みの日とかって何してらっしゃるんですか?って聞いたら『奥さんとハイキングに行くよ!』って返事が返って来ました。

ヴァイオリニストだってスゴイ人達はそうやって普段から楽器以外にも全身を動かしたり、体力をつけたりしているようです。
弦楽器は身体の健康とコントロールが大事ですからね。
でっかいコントラバスはもっとですよ!



しかし何事も過ぎたるは及ばざるが如し。

以前、大事な試験の直前にバスケではしゃぎ過ぎて、左手人差し指の骨にヒビが入りとんでもない事になった大馬鹿者の可愛い生徒がいました。


ここをご覧の皆さんはそんな事にならないように注意して下さい!笑




せっかく楽しくコントラバスを弾いているのに、コントラバスを弾いたせいで身体を壊してしまう。

そんな事にならないように、少しだけ身体のことに気を遣って、むしろ楽器を弾くほど健康になってくれるといいな、と思っています。


長々とお付き合いいただきありがとうございました。

それではまたお会いしましょう!